久大本線「かんぱち・いちろく」に乗ってみた 「少し変化」JR九州の新観光列車



久大本線(福岡県・大分県)を経由する新しい観光列車が4月26日にデビューした。専用車両の2R形気動車を使用し、約5時間かけて博多~別府を走行。列車名は博多発→別府行きが「かんぱち」、別府発→博多発は「いちろく」になる。

デビューから1カ月が過ぎた5月28日、別府駅から博多行きの「いちろく」に乗ってみた。

久大本線経由の新しい観光列車「かんぱち・いちろく」。【撮影:鉄道プレスネット】

いままでと同じようで違う

10時40分を過ぎたころ、別府駅の改札口から階段を上がって高架の3・4番線ホームに向かうと、2R形3両編成の「いちろく」がすでに入線していた。デビュー前に発表されたイメージでは車体の色が濃い緑色だったが、実際に見てみると黒に近い。

車両番号は博多寄りから2R-38(3号車)+2R-80(2号車)+2R-16(1号車)で、1・3号車はキハ40系気動車のキハ47形を改造したグリーン車。2号車はキハ125形気動車を改造したラウンジ車になる。私は3号車にある2人用のボックス席に腰を落ち着けた。

3号車の2R-38。キハ47形を改造した。【撮影:鉄道プレスネット】
2号車の2R-80はラウンジ車。キハ125形を改造した。【撮影:鉄道プレスネット】
1号車の2R-16。3号車と同じでキハ47形を改造した。【撮影:鉄道プレスネット】

「いちろく」は11時ちょうど、別府駅を発車して日豊本線を走る。窓の外には別府湾が広がっているが、あいにくの雨で車窓はいまいちだ。改めて3号車の客室を見渡してみると、赤みを帯びた照明で照らし出されている。

ボックス席が並ぶ3号車の車内。【撮影:鉄道プレスネット】
2人用のボックス席。【撮影:鉄道プレスネット】
4人用のボックス席。【撮影:鉄道プレスネット】
3号車の運転台後方には畳敷きの個室が設けられている。【撮影:鉄道プレスネット】

木材が多用された車内はスペースを広く取ったテーブル付きのボックス席が並び、進行方向右側は2人用ボックス、左側は4人用と3人用のボックス席を配置。運転台側には畳敷きの6人用個室が設けられていた。座席のモケットなどは緑色をベースとしており、これは沿線の平野や山々、福岡の県章に使われている青をイメージしているという。テーブルは折り畳み式になっており、コンパクトにまとめたり広げたりすることができる。

2人用ボックス席のテーブル。折り畳み式になっている。【撮影:鉄道プレスネット】
テーブルの片側を広げた状態。【撮影:鉄道プレスネット】
テーブルをすべて広げた状態。【撮影:鉄道プレスネット】

JR九州の観光列車といえばロゴマークや文字で装飾し、内装は木材を多用しているのが特徴だ。2R形もその傾向に大きな変化はないように思えたが、ロゴマークや文字の装飾はややシンプルな印象を受けた。いままでと同じようでいて少し変化したような気がする。

3号車のデッキ。ロゴマークや文字の装飾が従来のJR九州の観光列車に比べややシンプルな印象を受ける。【撮影:鉄道プレスネット】

フレンチと一枚板のカウンター

11時16分ごろ、大分駅に到着。ここで6分ほど停車してから「いちろく」は単線非電化の久大本線へと入っていく。11時30分には大分駅から二つ目の南大分駅に停車するが、営業扱いしない運転停車でドアは開かない。

大分駅に停車した「いちろく」(左)。【撮影:鉄道プレスネット】

しばらくすると由布院10時41分発の大分行き普通列車が到着し、上下列車の交換。そのあいだ、3号車には客室乗務員が大きなワゴンを押してやってきて、昼食の弁当が目の前のテーブルにセッティングされた。メニューは曜日ごとに異なり、この日の弁当は「フレンチ」の二段重。フレンチといっても沿線の食材を使っており、日田の鮎がことのほかうまかった。

南大分駅の停車中にやってきたワゴン。【撮影:鉄道プレスネット】
昼食は二段重の弁当。【撮影:鉄道プレスネット】
ふたを開けるとフレンチの料理が目の前に広がった。【撮影:鉄道プレスネット】
弁当のお品書き。【撮影:鉄道プレスネット】

完食して12時を過ぎたころには列車は山間部を進んでいる。ちょっとコーヒーを飲もうと2号車のラウンジ車へ。「ラウンジ杉」という名前が付けられており、スギの一枚板を使ったカウンターに圧倒される。聞けば樹齢は約250年という。カウンターの先に視線を移していくと、鏡のような板に突き当たるが実際は液晶ディスプレイ。「かんぱち・いちろく」の導入にかかわった人のインタビューなどが流れていた。

2号車の「ラウンジ杉」。樹齢250年のスギの一枚板を使ったカウンターが大きな特徴だ。【撮影:鉄道プレスネット】

ついでに1号車をのぞいてみると、こちらは3人用ソファの赤い座席が進行方向を向いている。色は大分・別府エリアの風土をモチーフに、火山や温泉をイメージしたという。奥には個室が二つ設けられており、のれんの先に人の気配がした。

1号車は3人用ソファ席と個室が設けられている。【撮影:鉄道プレスネット】
3人用ソファ席は進行方向を向いている。【撮影:鉄道プレスネット】

水害で不通頻発の線路を進む

湯平駅を通過して10分ほどすると由布院盆地に入り、窓外が開けてきた。ただ雨中で由布岳の頂上も雲に覆われていて景色がいちまいちなのが残念だ。

「いちろく」は由布盆地を進む。【撮影:鉄道プレスネット】

12時21分、由布院駅に到着。ここで6分ほど停車し、別府行きの特急「ゆふ73号」と交換する。久大本線はオメガカーブで由布盆地を周回するようなルートを描いているが、これは旧大分県農工銀行頭取の衞藤一六(えとう いちろく、1870~1928年)の働きかけによるものとされており、「いちろく」という列車名の由来になっている。ちなみに「かんぱち」も久大本線の建設運動を展開した地元酒造「八鹿酒造」3代目の麻生観八(あそう かんぱち、1865~1929年)に由来する。

由布院駅に到着した「いちろく」。【撮影:鉄道プレスネット】

ホームの外に出ると、隣には黄色い車体の気動車が停車している。普通列車用のキハ125形で、「かんぱち・いちろく」2号車の元になった車両だ。車内をのぞき込むと簡素な腰掛けが並ぶセミクロスシートで、これがラウンジ車になったのかと思うと不思議な気がする。しばらくホームで写真を撮っていると、「いちろく」のドアの脇に客室乗務員が立ち、発車を知らせるハンドベルを振りはじめた。

由布院駅で並ぶ2R形(右)とキハ125形(左)。ラウンジ車はキハ125形を改造した。【撮影:鉄道プレスネット】
発車の合図はハンドベル。【撮影:鉄道プレスネット】

由布院駅を出るとトンネルが増え、外に出ても雨天に変化はない。玖珠盆地に入って視界が再び開ける。13時少し前、進行方向左側に扇形の大きな機関車庫と転車台、そして蒸気機関車の姿が木々の合間から見えた。国の登録有形文化財と近代化産業遺産に指定された豊後森機関庫だ。

すぐに豊後森駅に到着。大分行き普通列車との交換で停車するがドアは開かず、4分ほどで発車した。豊後森機関庫を見物できるくらいの時間が欲しいと思う。ただしこれは私の仕事柄というか「趣味柄」でそう思うのであって、ほかの客が機関庫を見学したいと思うかどうかは別の話だが。

豊後森の扇形機関庫と蒸気機関車が見えれば豊後森駅に到着。【撮影:鉄道プレスネット】

線路沿いの玖珠川は泥水が激しく流れている。久大本線は橋梁の流出などを伴う水害が頻繁に発生しており、近年では2012年7~8月と2017年7月~2018年7月、2020年7月~2021年2月、2021年8~9月、2023年7月に不通区間が発生している。「いちろく」も雨の影響で運休するのではないかと不安に思っていたが、いまのところは順調に走っている。

久大本線の輸送密度は2000人台で、都市間を結ぶ幹線鉄道としては多いとはいえない。少子高齢化や並行道路の整備もあるとは思うが、災害による長期不通の頻発も影響しているのは確かだろう。同線の活性化のためには観光列車の運行だけでなく、まず何より輸送の安定化が大きな課題といえる。災害に強い線路施設への改修を地道に続けていくしかない。

久大本線沿いの川は泥水が激しく流れていた。【撮影:鉄道プレスネット】

乗れないが外に出られる駅

再び山間部に入って玖珠川に並走しながら進む。杉河内駅の手前では進行方向左側に落差が30mほどある慈恩の滝が見え、「いちろく」も少し徐行しながら進む。

慈恩の滝付近では徐行する。【撮影:鉄道プレスネット】

13時17分、山と国道210号の高架橋に覆われた天ヶ瀬駅に着いた。この駅も運転停車だが「おもてなし駅」に設定されており、列車の乗り降りはできないがドアが開放され、乗客は外に出ることができる。ホームでは「湯みくじ」なるものを販売していた。湯につけると文字が浮き出るおみくじらしい。

「おもてなし駅」の天ヶ瀬駅。ホームでは「湯みくじ」が売られていた。【撮影:鉄道プレスネット】
天ヶ瀬駅の駅舎。駅の外に出られる程度の余裕はある。【撮影:鉄道プレスネット】

駅舎の外に出るくらいの余裕はあったものの、周囲を散策できるほどではなく、13時27分に発車。泥水が激しく流れる玖珠川を何度も渡りながら日田盆地に広がる市街地へと入っていく。日田駅には13時38分ごろに着くが運転停車で、外には出られない。ホームを一つ挟んで茶色い車両が見える。これはもしかしてクルーズトレイン「ななつ星 in 九州」では……と思うまもなく隣の線路に入ってきた特急「ゆふ3号」に遮られてしまった。

日田駅はドアが開かない運転停車。赤い「ゆふ3号」の脇に茶色い「ななつ星」の車両が見える。【撮影:鉄道プレスネット】

13時48分ごろ発車し、山に挟まれた三隈川に沿って進む。大分県と福岡県の県境近くにある夜明駅は13時56分ごろ通過。ここで日田彦山線が分岐していたが、分岐部の線路は撤去されていた。日田彦山線は2017年の水害で添田~夜明が不通に。2023年8月からバス高速輸送システム(BRT)の日田彦山線BRT(BRTひこぼしライン)に転換されている。

夜明駅では線路が撤去された日田彦山線の路盤が見えた。【撮影:鉄道プレスネット】

福岡県に入って少しすると、三隈川から筑後川に名を変えた河川によって形成された筑後平野に入り、視界がひらけた。8分ほど遅れて14時06分、うきは駅に停車。天ヶ瀬駅に続く「おもてなし駅」で外に出られ、ホームでは地元名産品の販売のほか子供たちのお遊戯の披露なども行われた。ただ到着が遅れたのに対し発車はほぼ定刻の14時19分ごろ。ややバタバタしていたのが残念だ。

うきは駅に停車。天ヶ瀬駅と同じおもてなし駅だ。【撮影:鉄道プレスネット】
うきは駅では地元の子供たちによるお遊戯の披露もあった。【撮影:鉄道プレスネット】

外に出られない停車も続く

筑後平野をひたすら西へ進んで14時35分、久大本線の中間駅では最後の停車となる善導寺駅に到着。線路を挟んだ先には木造平屋の古びた駅舎があり、改札口の脇に老齢の小柄な女性が突っ立っているのが見える。

善導寺駅に停車。運転停車は多いが外に出られる駅は少ない。【撮影:鉄道プレスネット】

日田行き普通列車の到着・発車を待ってから14時44分に発車。この間9分ほどで、駅舎を見物できるくらいの時間はあったが、運転停車のためドアは開かなかった。「おもてなし」がなくても外に出れば気分転換になるし、運転停車の駅もドアを開ければいいのにと思う。ただ、列車を走らせる側としては客の乗り遅れに気を遣う必要があるだろうし、判断が難しいところかもしれない。

列車は筑後平野を西に進む。【画像:鉄道プレスネット】

久留米市の市街地に入って右にカーブすると九州新幹線の高架橋が現れ、その下をくぐって鹿児島本線の線路に合流。14時57分、久留米駅に停車してすぐに発車する。「ラウンジ杉」では客室乗務員による列車や沿線観光の案内が始まったが、「いちろく」は観光地の別府や由布院からの帰路になるから、列車や沿線観光地の概要を復習している気分になる。

鹿児島本線を北上して15時47分、「いちろく」は終点の博多駅に到着。ホームはやや混雑しており、「いちろく」から降りた客だけではなく通勤客らしき人も「いちろく」にスマートフォンのカメラを向けていた。

終点の博多駅に到着。大勢の人が「いちろく」にスマホのカメラを向けていた。【撮影:鉄道プレスネット】

デビュー1カ月の利用状況は?

JR九州の観光列車は従来、工業デザイナーの水戸岡鋭治氏(ドーンデザイン研究所)が内外装のデザインを一手に引き受けていた。しかし「かんぱち・いちろく」の2R形は、鹿児島の建築デザイン会社「IFOO(イフー)」が担当。従来の観光列車から少し変化したような印象を受けたのも、そのせいだろう。JR九州の観光列車の形態がただちに大きく変わることはなさそうだが、2R形が転機の一つになる可能性はありそうだ。

水戸岡氏がデザインした「ふたつ星4047」。【撮影:草町義和】

「かんぱち・いちろく」は列車種別としては特急で全車グリーン車だが団体列車の扱い。乗車にはJR九州や旅行会社が企画した旅行商品を購入する必要がある。旅行代金(一人あたり)はソファ席とボックス席が1万8000円、個室が2万3000円。乗車区間による金額の差はない。

「かんぱち・いちろく」2R形の車内(1号車から3号車へ)。【撮影:鉄道プレスネット/YouTube】

JR九州によると、デビューから1カ月間で約1000人が利用。9月30日までの運行分の予約率(旅行会社企画・実施分を除く)は5月28日時点で9割ほどという。久大本線の活性化にどのくらい寄与することになるのか注目される。

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