自動車・航空大国のイメージが圧倒的に強く、先進国のなかで鉄道の存在感が薄い米国。しかし貨物輸送に関しては長距離輸送シェアの4割を担うなど重要な役割を果たしている。日本のJR貨物と異なり、線路を自社で保有して貨物列車を運行する上下一体運営の民間貨物鉄道がビジネスとして成り立っている。
その米国で、四半世紀ぶりに「クラス1」と呼ばれる大手鉄道同士の合併が実現に向けて進行している。カナダの大陸横断鉄道や米北東部などの路線を持つカナディアン・パシフィック鉄道(CP)と、米南部とメキシコにネットワークを広げるカンザスシティ・サザン鉄道(KCS)の合併だ。規制当局の承認を得て新会社「CPKC」が成立すれば、史上初のカナダ・米国・メキシコの3カ国を1社で結ぶ鉄道会社が誕生する。
1990年代に米国の貨物鉄道は買収・合併が進み、1978年に48社あったクラス1鉄道は7社にまで減った。1995年には西部の大手サンタフェ鉄道(ATSF)と、北部・中西部に路線網を展開するバーリントン・ノーザン鉄道(BN)が合併してBNSF鉄道が成立。1999年には、かつて鉄道衰退期に経営破綻した東部の複数鉄道を国主導で統合・再生し、後に民営化したコンレール(CR)を、東部の大手CSXトランスポーテーションとノーフォーク・サザン鉄道(NS)が分割買収した。現在の「鉄道勢力図」はおおむねこの時期に形作られている。
この勢力図に久しぶりの変化をもたらす2社の合併が発表されたのは2021年春。だが、その後の流れはすんなりとはいかなかった。CPのライバルであるカナディアン・ナショナル鉄道(CN)もKCSの買収に名乗りを上げ、カナダの大手2社による「買収合戦」になったためだ。KCSはクラス1鉄道7社の中でも最小規模。なぜこの鉄道が争奪戦の対象になったのか。
「大手最小」だがメキシコに強いKCS
KCSは社名の通り、北米鉄道の要衝のひとつである中西部のカンザスシティ(ミズーリ州)からメキシコ湾に向かって南下するルートを幹線とする鉄道。東西方向が主軸の鉄道が多い中、「南北ルート」が主力なのが特徴だ。
米国内の路線延長は約5500kmでクラス1鉄道中最小だが、ほかにない強みはメキシコの鉄道運営権も持っており、両国間を自社の路線だけで結べることだ。メキシコの国鉄民営化の際に同国企業と合弁で北東部路線網の運営権を取得し、1997年に営業を開始。2005年には運営会社を完全子会社化した。メキシコ国内のネットワークは米国の路線網とほぼ同規模。北米自由貿易協定(NAFTA)によって大きな発展を遂げた鉄道といえる。
一方のCPは、カナダと米国に約2万900kmの路線網を保有し、規模はクラス1鉄道の中で6位。主要幹線はバンクーバーとモントリオールを結ぶカナダ国内の東西横断ルートで、米国内はシカゴやデトロイト、カンザスシティなどに路線を延ばすほか、ニューヨークにも乗り入れている。
両社は昨年2021年3月21日、CPが約290億ドル(約3兆8000億円)でKCSを買収する形での合併契約締結を発表した。
規模の小さい2社は合併後も路線長・収益でクラス1鉄道中最小に留まるが、圧倒的なアドバンテージはカナダの東西と米国の南北、そしてメキシコを1社で結べるようになることだ。カナダや米中西部産の穀物をメキシコに輸出したり、米北東部で製造した自動車部品をメキシコの工場に運び、完成車を米国やカナダに出荷したりといった輸送が1社で完結できるようになる。また、CPとKCSは路線の接続点がカンザスシティの1カ所のみで重複する部分がないことも重要なポイントだ。
米鉄道誌『トレインズ』2021年7月号などによると、合併提案は前年2020年夏に二つのインフラ系ファンドがKCSの買収を検討していることが明らかになったのが契機。この動きを受けてCPはKCSに合併を持ちかけた。CPのキース・クリールCEOは、両社がクラス1鉄道の中でも最小規模であり、かつ路線が重複していないことから、合併が規制を受ける可能性が低いとして提案。KCSはほかの投資家グループによる買収案と比較検討し、CPのオファーを受け入れた。
カナダのライバルが殴り込み
この動きに黙っていなかったのがカナダのライバル鉄道、CNだ。同社は合併契約締結から1カ月後の2021年4月20日、CPを上回る約337億ドル(約4兆4400億円)での買収をKCSに提示し、合併計画に割り込んだ。
CNは現状で唯一、カナダの太平洋岸と大西洋岸、そして米国のメキシコ湾岸を1社で結べる鉄道だ。同社はもともと、カナダの大陸横断鉄道を建設した「国鉄」で、1995年に民営化。1998年にはシカゴと南部ニューオーリンズを結ぶ米イリノイ・セントラル鉄道を買収してカナダから米中西部、メキシコ湾岸に至る南北縦断ルートを構築し、KCSとも接続してカナダ・米国とメキシコ方面を結ぶ輸送に力を入れてきた。CNにとって、CPとKCSの合併は東西南北全方向で競合する強力なライバルの誕生を意味する。
米国~メキシコの輸送は、鉄道各社にとっては期待の成長分野だ。前出の『トレインズ』誌記事によるとKCSの米国~メキシコ国際輸送は2012年以降倍増しており、インターモーダル輸送や自動車関連輸送は減少の兆しがない。NAFTAに代わる「米国・メキシコ・カナダ協定」(USMCA)の発効で、3国間の輸送は今後も伸びることが予想される。
CNとKCSが合併すると路線の総延長は約4万2300kmに達し、ネットワークの規模・収益ともにクラス1鉄道中3位の強力な鉄道会社になるというメリットがある。
カナダの2社から“ラブコール”を受けることになったKCSは2021年5月21日、CNによる提案がより優れているとして同社との合併を進め、いったんは合意したCPとの契約を終了すると発表。CPは買収額引き上げなどの対抗はせず、規模で上回るCNが一旦は勝利を収めたかに見えた。
「規制当局の判断」というリスク
CPのクリールCEOは買収条件を変えなかったことについて、「規制上のリスクが大きいためCNによる買収は成功しない」であろうことを理由に挙げた。
一見「捨てゼリフ」にも見えるが、CNによるKCS買収は規制当局によって認められないリスクがあるとの見方は当初からあった。路線が重複するエリアが多いことや、合併により巨大会社が成立すれば寡占が進み競争を妨げる恐れがあることなどが理由だ。実際に、CNの主要株主のひとつであるTCIファンドは、買収が承認されない可能性が高く、その際には高額の違約金支払いが発生するなどリスクが高いとして断念を求めた。
また、バイデン米大統領は2021年7月、企業間の競争促進を目的とし、大企業の寡占に対する監視を強化するための大統領令に署名した。大企業による合併・買収の審査強化などを含む内容で、巨大IT企業を念頭に置いているものの、鉄道など運輸業界も対象に含まれる。
CNによる買収手続きに対する規制当局の審査や、株主などを巻き込む論争が続くなか、KCSはCNの提案を受け入れるかどうかを問う株主投票を2021年8月19日に実施すると発表。これを受け、今度はCPが改めて310億ドル(約4兆900億円)での買収をKCSに提示した。新たな提案でも金額はCNを下回るが、これは前述の通り同社による買収が認められないだろうと読んでいたためだ。KCSは株主に対してCNの提案を支持するよう求める一方、規制当局の判断が同月17日までに出ない場合は投票を延期すると発表し、同日までに判断は示されなかった。
「運命の日」となったのは同月30日。米陸上運輸委員会は、CNによるKCSの買収手続きについて、公正な競争を妨げる可能性があるなどの理由により承認しないとの判断を示した。KCSは9月15日、CPの提案を受け入れると発表。一度は覆った合併話は「元サヤ」に収まることとなり、約5カ月に及んだカナダ2社による買収合戦は終わりを告げた。
「開かずの踏切」など懸念する声も
ただCP・KCSの「合併」はまだ最終的に承認されたわけではない。CPによるKCSの取得手続きは2021年12月に完了しているが、現在は議決権信託という状態にあり、KCSの独立運営は維持されている。今後、公聴会などを経て陸上運輸委員会が承認すれば、CPはKCSを正式に支配下に置き、統合会社「CPKC」(カナディアン・パシフィック・カンザスシティー)が誕生することになる。
ほかのクラス1鉄道各社は合併に懸念を示しており、CP沿線の自治体からも輸送量増加によって列車本数が増えれば騒音問題の悪化や「開かずの踏切」問題につながるなどとして反対の声が出ている。また、シカゴ近郊の通勤列車を運行するメトラも、貨物列車の増加で列車の遅延が増えるとして反対の姿勢を示している。一方、8月5日に陸上運輸委員会が公表した環境への影響分析の草稿では、合併による悪影響は一部地域で騒音が増加する以外にはほとんどないとしている。
公聴会は今年2022年9月末に開催される予定で、最終的な決定は来年2023年1月半ばまでに下される見通しだ。巨大化が進んだクラス1鉄道同士では「これが最後」ともいわれるCPとKCSの合併。北米鉄道の地図を塗り替える動きとして、今後の展開が注目される。
《関連記事》
・カナダの鉄道会社が米会社を買収 カナダ~米国~メキシコ結ぶ鉄道網を構築
・「もとカナダ国鉄」CNも米国KCS買収に名乗り CPに対抗へ