山梨県は10月28日、富士山に路面電車タイプの軽量軌道交通(LRT)を整備する構想「富士山登山鉄道」について、おもに技術面の検討状況をまとめた中間報告を発表した。長崎幸太郎知事は同日開かれた記者会見で「いくつかの課題はあるものの、LRTは実現可能」と述べるとともに、構想に反対している団体などとの意見交換を進めていく考えを明らかにした。

富士山登山鉄道は、富士山の有料道路「富士スバルライン」にLRTの軌道を整備する構想。上下分離方式での運営が想定されている。中間報告では年間営業日を280日、1日の営業時間を10時間とし、1編成(30m)か2編成連結(60m)の列車を山麓~5合目の約27.7kmで運行するとした。
軌道は複線整備と単線整備の2ケースを検討した。複線の場合、起終点を含め山麓・1合目・樹海台・大沢駐車場・奥庭・5合目の6駅の設置を想定。所要時間は山麓→5合目が52分、5合目→山麓を74分とした。運転間隔は6・10・15分の3パターンを想定した。
単線で整備する場合は6駅に加え、奥庭~5合目を除く各駅間の4カ所に上下の列車が行き違うための信号場の設置を想定した。信号場がない場合、運転間隔は35分で所要時間は山麓→5合目が71分31秒、5合目→山麓が81分35秒。信号場を設置した場合は運転間隔が17分30秒で、所要時間は山麓→5合目で71分56秒、5合目→山麓が75分37秒とした。



1日の輸送人員は単線整備の場合、2編成連結の34往復で4080人。複線軌道は2編成連結の100往復で1万2000人とした。年間輸送人員は単線で114万2400人、複線で336万人になる。
山梨県は設備投資額の合計を1486億円とし、年間利用者を約300万人とした場合に事業成立の可能性が高いとしている。単線の場合は最大の輸送力でも300万人を下回る。中間報告は「単線軌道は、複線軌道に比較して運転間隔、所要時間など利便性に欠け、輸送供給量が大幅に劣ることから事業収支へ与える影響が大きい」「輸送供給量が大きく、柔軟なダイヤ運行が可能な複線軌道での実施が現実的」とした。
勾配への対応は、箱根登山鉄道3000形電車のうちクモハ3000による1両単独運転の粘着係数(晴天時0.245、雨天時0.15)と乗客を含む重量(46.9t)を想定してシミュレーションを実施。晴天時は安定走行が可能だが、降雨時は40パーミル以上での加速時に車輪の空転が発生する恐れがあるとし、増粘着材を散布する装置などの導入が必要とした。
カーブと勾配が組み合わさっている部分では、すべての想定条件で脱線係数比が1.0より大きく、乗り上がり脱線に対する余裕があるとした。速度を5~20km/hに抑えられば走行できるとする一方、脱線防止カードの設置を推奨するものとした。
車両はLRTでの採用例が多い低床型と、床が高い普通型の2タイプを検討。途中駅は4駅で頻繁な乗り降りは想定されないことから「機器搭載力に優れ、従来の鉄道車両の技術を活かせる普通型車両が有利」とした。バリアフリーへの対応はスロープの設置など駅の構造の工夫で対応できるとした。


車両への電気の供給は架線がない方式を目指しており、中間報告では車載方式のバッテリー・燃料電池・キャパシタと連続集電方式の第三軌条・地表集電(接触式と非接触式)を想定して検討。早期実装を進める点では第三軌条方式が実績があり優位性があるとした。一方で第三軌条方式は駅の周辺や人の立ち入りが想定される場所では感電の危険性が高くなる。中間報告は「全線での施工は行わず、一部バッテリーでの走行も視野に入れる必要がある」とした。
富士山は訪日観光客の増加による観光公害(オーバーツーリズム)の問題が深刻化している。このため山梨県は、登山鉄道を整備することでスバルラインを走るバスや自動車を鉄道にシフトし、オーバーツーリズムの緩和や二酸化炭素(CO2)排出量の削減を目指す。その一方、地元の富士吉田市などは自然環境保護や災害発生時の安全性に問題があるとして登山鉄道の整備に反対している。
今月2024年10月31日には、富士山登山鉄道の構想に反対する複数の団体によるフォーラムが開催される予定。一方、長崎知事は記者会見で「反対団体との意見交換を行う場を11月13日に設定し、4団体から参加の内諾を得た。地元の市町村や富士急行の社長とも意見交換を行いたいと考えており、対談を申し入れたい」と話した。
《関連記事》
・富士山登山鉄道に反対の市長を「脅迫」戦前の構想でも似た話、ただし「逆の立場」
・国鉄EF15形「現役時代の姿」再現 山梨で保存の貨物用直流電機、再塗装