ルート決定「熊本空港アクセス鉄道」着工・開業いつ? 経緯と今後のスケジュール



四半世紀前から断続的に検討されてきた「熊本空港アクセス鉄道」の整備ルートが、昨年2022年12月に豊肥本線の肥後大津駅から分岐して熊本空港に乗り入れるルートに決まった。これを受け熊本県は環境影響評価や鉄道事業許可などの手続きを進め、2027年度頃の着工を目指す考え。これまでの経緯や今後のスケジュールなどをまとめた。

1971年に開港した熊本空港。【撮影:鉄道プレスネット】

熊本空港は1971年、熊本県益城町に開港。それまで熊本市内にあった熊本飛行場に比べ滑走路長は2倍強の2500mで処理能力の向上が図られた。1983年には国際線ターミナルビルも整備されている。その一方、熊本市中心部からの直線距離は熊本飛行場が約5kmだったのに対し、熊本空港は3倍の約15kmに。アクセス面での課題を抱えることになった。

肥後大津ルートに決まった熊本空港アクセス鉄道(赤)や熊本空港、旧・熊本飛行場の位置(赤)。【画像:国土地理院地図、加工:鉄道プレスネット】

熊本県は1997年度以降、空港アクセスの改善策を検討してきた。2004年度以降の検討では鉄道延伸や市電延伸、磁気誘導式バス(IMTS)などの各種交通システムの比較検討を実施。2006年度からはJR豊肥本線の三里木駅から分岐するルートの事業費や需要量などを調査した。

初期の検討では磁気誘導バス「IMTS」も検討対象に挙がった。【撮影:草町義和】

しかし、このときの調査では採算性を確保するために1日5000人以上の利用が必要とされたのに対し、試算された利用者数は半分の2500人という結果となり、熊本県は2008年に検討の凍結を表明した。2011年からは当面のアクセス改善策として、豊肥本線の肥後大津駅と熊本空港を結ぶ無料のシャトルバス「空港ライナー」が運行開始。2017年には熊本空港の愛称「阿蘇くまもと空港」にちなみ、肥後大津駅も「阿蘇くまもと空港駅」という愛称が付けられた。

「阿蘇くまもと空港駅」という愛称が付けられた肥後大津駅と熊本空港を結ぶ「空港ライナー」(右下)。【撮影:鉄道プレスネット】

利用者増加で再始動

しかしその間、熊本空港の利用者は増え続けた。年間利用者数は2012年度で約290万人だったが、コロナ禍前の2018年度にはインバウンド効果などもあって過去最高の約346万人を記録。7年間で2割ほど増加した。ちなみに2018年度の国内空港の利用者数ランキングでは11位。1~10位の空港のうち9位の鹿児島空港を除き軌道系のアクセス交通があり、熊本より利用者が少ない12位の宮崎空港や14位の神戸空港にも軌道交通がある。

宮崎空港(左)に乗り入れるJR宮崎空港線。【撮影:草町義和】

熊本空港の利用者の多くは自家用車やリムジンバスで空港にアクセスしているが、利用者の増加に伴いアクセス交通の環境は悪化。朝夕のラッシュ時には定時性や速達性の確保が難しく、リムジンバスで積み残しが発生するなどの課題を抱えるようになった。

こうして熊本県は2018年度から再びアクセス鉄道の調査を実施する。その背景には2016年に発生した熊本地震からの復興策という意味合いもあった。この調査では鉄道延伸とモノレールの新設、熊本市電の延伸を比較検討し、鉄道延伸が最も効果的で実現できる可能性が高いと結論。その後、豊肥本線の三里木・原水・肥後大津の各駅から分岐する3案を比較検討し、想定される需要量や費用便益比が3案のなかで最大になった三里木ルートを軸にJR九州との協議が行われた。

豊肥本線の三里木駅。当初はこの駅で分岐して熊本空港に向かうルートを軸に検討が進められた。【撮影:鉄道プレスネット】

2019年には空港アクセス鉄道の整備の基本的方向性について、熊本県とJR九州が合意。ルートは三里木ルートとすること。施設は熊本県が中心になって設立する第三セクターが保有すること、列車の運行はJR九州に委託することなどが決まった。

しかし、この合意では空港アクセス鉄道の豊肥本線への乗り入れは行わないものとし、乗り入れを検討する場合は熊本県が費用負担などを行うものとした。合意ではその理由を「肥後大津・阿蘇方面の豊肥本線利用者の利便性維持のため」としている。

豊肥本線の熊本~肥後大津は熊本都市圏域で利用者が多く、列車の本数も多い。その一方で線路は単線で上下の列車を交換できる駅も少ないため、とくにラッシュ時は増発の余地が少ない。このため熊本~熊本空港の直通運転は難しいと考えられたようだ。

豊肥本線は単線で列車の増発が難しい。【撮影:鉄道プレスネット】

直通可能なルートに変更

その後も三里木ルートを基本に事業費の精査やほかの交通機関との比較検討などが実施されたが、熊本県は2021年11月、ルートの追加検討を行うと表明した。この頃、台湾の世界最大手半導体企業「TSMC」が菊陽町の工業団地「セミコンテクノパーク」に進出することを決定。約1500人の雇用創出が見込まれることから空港アクセス鉄道への影響もあると考えられ、三里木・原水・肥後大津の3ルート案を改めて比較検討することになった。

改めて検討された3ルートとセミコンテクノパークの位置。【画像:熊本県】

一方でJR九州は2022年1月までに、肥後大津ルートでの整備を求める方針を明らかにした。豊肥本線は肥後大津駅を境に熊本寄りが電化区間で大分寄りが非電化区間。熊本寄りを走る電車は肥後大津駅で折り返し運転を行っている。このため肥後大津発着の列車を熊本空港まで延長する形にすれば、運行本数を増やさず熊本~熊本空港を直通運転することもできる。

豊肥本線の肥後大津駅。電化区間と非電化区間の接続地点で熊本駅からやってきた電車は肥後大津駅で折り返す。【撮影:鉄道プレスネット】

同年9月、熊本県は追加検討の中間調査の概要を発表し、全体として肥後大津ルートが優位な結果が示された。熊本~肥後大津の所要時間は三里木ルートが最短の約41分で肥後大津ルートは最長の約44分。1日あたりの需要予測は三里木ルートが最大の約5800人なのに対し肥後大津ルートは約4900人(快速運行実施時は約5500人)に。その一方、建設費は肥後大津ルートが約410億円で最も安く、費用便益比も3ルート中で最大の1.03(快速運行実施時は1.21)とされた。

熊本県が公表した3ルートの検討結果。【画像:熊本県】

熊本県とJR九州は11月、「肥後大津駅から分岐するルートを採る場合に、空港アクセス鉄道と豊肥本線全体の利便性の最大化及び運営の効率化という目標を共有し、早期実現に向け協働して取り組むこと」とした確認書を締結。蒲島郁夫知事は12月2日の県議会で肥後大津ルートで整備することを正式に表明した。

課題は「運動公園」と「補助制度」

熊本県は今後、2026年度までを「準備期間」と位置付け、2027年度から工事に着手することを目指す。

熊本県が想定している今後のスケジュール。【画像:熊本県】

準備期間では鉄道概略設計などの調査のほか環境影響評価や都市計画決定の手続きを並行して進め、2024年度頃から測量・地質調査などを実施。鉄道事業法関係では2025年度頃に鉄道事業許可、2026年度頃に工事施行認可の手続きを行うことを目指す。追加検討で想定された建設期間は8年間で、早ければ2034年度末の開業を目指す。

ただ、三里木ルートでは中間駅を設置して熊本県民総合運動公園へのアクセスを改善することも考えられていた。肥後大津ルートの採用で運動公園付近を通らないことになったため、代替交通の検討が必要になったといえる。

それ以上に大きな課題となるのが、やはり400億円を超える事業費の確保と採算性だ。熊本県の調査では開業から30~36年で累積資金収支が黒字転換するとされているが、これは国と県がそれぞれ3分の1ずつ補助するという、従来の補助制度にはない枠組みが前提。現行の補助制度(国と県がそれぞれ18%ずつ補助)では40年以内に黒字転換する見込みはないとされている。

熊本空港アクセス鉄道の実現に向けては、新しい補助制度の創設にめどがつくかどうかが今後の大きな焦点になるだろう。

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