東京~大垣「ムーンライトながら」廃止 東海道本線の夜行普通列車、その歴史をたどる



JR東日本とJR東海は1月22日、東海道本線・東京~大垣間の臨時夜行快速列車「ムーンライトながら」の運転を終了すると発表した。東海道本線を走る夜行の快速・普通列車が約130年の歴史に幕を下ろす。

定期列車時代の「ムーンライトながら」。当時は373系で運転されていた。【撮影:草町義和】

■廃止のはずが一転存続

東海道本線は明治中期の1889年、新橋(のちの汐留)~神戸間の全線が開業し、同区間を結ぶ夜行列車が運転を開始。当時の鉄道は列車の速度が遅かったため、結果的に日付をまたぐ夜行運転となっていた。その後、特急や急行も含め東京と関西を結ぶ夜行運転の列車が増えていった。

戦後は昼夜問わず特急・急行が増発され、東京と関西を結ぶ夜行の普通列車は減少。東海道新幹線の開業から3年後の1967年には、東京~大阪間の1往復(列車番号:143列車・144列車)だけになった。

1967年の時点で運転されていた東京発→大阪行きの普通列車(赤)。1968年に廃止されるはずだった。【画像:国鉄監修『交通公社の時刻表』1967年10月号】

この列車は翌1968年には廃止されるはずだったが、このことが新聞で報じられると、東京と関西を安く移動できる143列車・144列車の存続を求める声が高まり、国鉄は存続を決めた。当時の143列車・144列車は旅客だけでなく荷物車や郵便車を連結して小荷物や郵便を運んでいたため、同列車を廃止する場合は荷物・郵便輸送のための列車を別に新設する必要があった。こうしたことも列車の存続につながったといえる。

そして1968年10月1日のダイヤ改正。143列車・144列車は運転区間を東京~大垣間に短縮(大垣駅で関西方面の普通列車と接続)。車両は機関車が客車をけん引する方式から、2等車(現在の普通車)と1等車(現在のグリーン車)で構成される急行型電車の編成に変わり、列車番号も143M・144Mに変更された。これが「ムーンライトながら」の直接の起源といえる。

普通車・グリーン車ともに自由席で指定席は設定されず、列車名もなかったが、大垣を発着することから「大垣夜行」などと通称されるようになった。

1968年10月1日のダイヤ改正で東京~大阪間の夜行普通列車は東京~大垣間に短縮され電車化。現在の「ムーンライトながら」の原型となった。【画像:『国鉄監修 交通公社の時刻表』1968年10月号】
1968年10月号の時刻表では下り列車が大垣行きではなく5km先の美濃赤坂行きになっているが、この時刻表に添付されていた訂正表では大垣行きに訂正している。【画像:『国鉄監修 交通公社の時刻表』1968年10月号】

ちなみに『国鉄監修 交通公社の時刻表』1968年10月号では、下り143Mは大垣行きではなく美濃赤坂行きの列車として掲載されている。美濃赤坂駅は、大垣駅から5.0km先にある東海道本線の支線の終点だ。

しかし、この時刻表に添付されている訂正表では143Mを大垣行きに訂正。大垣~美濃赤坂間は列車番号が異なる別の普通列車(2143M)に訂正されている。営業上は大垣駅を境に別の列車として運転されていたようだ。

■特急型電車を使う指定席列車に

その後「大垣夜行」は列車番号を何度か変えながらも、東京~大垣間を結ぶ低価格の夜行列車として定着した。普通車は4人がけのボックスシートだったが、リクライニングシートのグリーン車なら、わずかな追加料金で比較的快適に過ごせることもあって人気が高く、グリーン車のほうから先に席が埋まった。

1982年に普通列車の普通車自由席専用の国鉄全線フリー切符「青春18のびのびきっぷ」(現在の「青春18きっぷ」)が発売されると、普通車の利用者も増加。1986年に国鉄の荷物輸送がほぼ全廃されたあとも運転を継続した。

ただ「大垣夜行」は普通列車のため、東京と名古屋・関西方面を移動する長距離客だけでなく通勤客などの短距離客も利用しており、混雑緩和のため短距離客と長距離客の分離が課題になっていた。

そこでJRは1996年3月のダイヤ改正で、「大垣夜行」を指定席列車に変更。車両をJR東海の373系特急型電車に変更し、快速「ムーンライトながら」として再スタートを切った。グリーン車はなくなったが普通車はリクライニングシートで、全体的には座席の快適性が向上したといえる。

■夜行バスの充実で利用者減少

しかし、2000年代に入ると格安で利用できる夜行バスが増えたこともあり、東海道本線の夜行列車の需要が減少。2008年3月に東京~大阪間の夜行寝台急行「銀河」が廃止され、翌2009年3月には「ムーンライトながら」も臨時列車化された。

近年の「ムーンライトながら」で使われていた185系。【画像:HK-SAN/写真AC】

近年の「ムーンライトながら」は、国鉄時代に製造されたJR東日本の185系特急型電車で運転されていた。年間の運転日数は2009年が120日くらいだったが、年数を重ねるうちに徐々に減り、2019年には40日程度まで減っていた。

昨年2020年は春に運転されたものの、夏季と冬季は新型コロナウイルスの影響で運転を見合わせた。一方、185系は2021年3月のダイヤ改正で定期列車から引退することが決まっており、その数年後には臨時列車での運用も終了する見込みとなったことから、「ムーンライトながら」の去就も注目されていた。

そして今年2021年1月22日、JR東日本とJR東海は「お客さまの行動様式の変化により列車の使命が薄れてきたことに加え、使用している車両の老朽化に伴い、運転を終了いたします」と発表。大垣発2020年3月29日の東京行き上り列車の運転が最後となった。