9月7日、ツイッターで「#山万20時間耐久」というハッシュタグを付けた投稿が注目された。「山万」という会社が運営する鉄道路線「ユーカリが丘線」の始発から終電まで、ただひたすら乗り続けるというものだ。
そのタイムラインをたどっていくと、個人による独自の挑戦企画だったが、ツイッター上で話題になるにつれてラジオ番組でも取り上げられ、終電を乗り終えてゴールしたときには山万の社員が出迎えて達成を祝うなど、いつの間にか公式企画の様相を呈していた。
ユーカリが丘線は、最近「崖の上のヤギ」で有名になった千葉県佐倉市のニュータウン「ユーカリが丘」の鉄道路線だ。ユーカリが丘を開発した不動産会社の山万が運営。京成電鉄本線のユーカリが丘駅から北上し、ユーカリが丘内の住宅地を結ぶ。
この鉄道路線は、その成り立ちからシステム、路線の形態、駅や車両に至るまで、ほかの鉄道とはあらゆる面で異なっている。「#山万20時間耐久」が注目されたのも、企画自体のユニークさに路線のユニークさが加わったためかもしれない。
不動産業への「疑問」が鉄道整備へ
山万が設立されたのは、戦後の1951年2月のこと。この時点では大阪に本拠を構える繊維問屋で、鉄道会社でも不動産会社でもなかった。その後、同社は1964年9月に本社を東京に移し、翌1965年3月から不動産業に進出した。
不動産会社として最初に手がけたのは「湘南ハイランド」(神奈川県横須賀市)。現在のJR横須賀線の終点・久里浜駅から南西へ約1.4kmの山林地帯を造成し、建売住宅を販売した。
このとき山万は、「宅地を開発して販売してしまえばそれで終わり」という不動産業のあり方に、疑問を抱いたとされる。1971年から計画に着手したユーカリが丘では宅地販売にとどまらず、学校や病院、公園などの公共施設も含む「街づくり」に、ハード・ソフトの両面から積極的に関わっていくという基本方針を打ち出した。
ユーカリが丘線の整備も、その方針の一環であったといえる。鉄道会社が沿線の不動産開発を行うというのはよくある話だが、純民間の不動産会社が街造りのため、鉄道も含めて整備するというのは珍しい。ちなみに、ユーカリが丘の名称は、ユーカリが環境に優しい樹木とされることから、自然との調和を図った開発の象徴として名付けられたという。
ユーカリが丘は、京成本線の志津駅と京成臼井駅のほぼ中間地点から1kmほど離れたところに建設されることになった。佐倉市は、志津~京成臼井間にニュータウンアクセス用の新駅(現在のユーカリが丘駅)を、建設費自己負担の請願駅方式で設置することを提案する。
山万はこれを受け入れるとともに、新駅とユーカリが丘の各地区を結ぶ交通機関として、「新交通システム」と呼ばれる自動案内軌条式旅客輸送システム(AGT)を導入することも計画した。これがユーカリが丘線の起源だ。
日本車両が開発した「特殊中の特殊システム」
山万は1977年7月からユーカリが丘の建設に着手し、ユーカリが丘線も1978年12月の地方鉄道免許を経て翌1979年12月から工事に着手した。そして京成本線ユーカリが丘駅の開業翌日(1982年10月2日)、ユーカリが丘線のユーカリが丘~女子大間が開業。翌1983年9月22日には女子大~公園間も開業し、現在の路線網が構築された。
ユーカリが丘線で採用されたAGTとは、ゴムタイヤで専用の通路を走行する、特殊な鉄道システムのこと。輸送力は普通の鉄道より小さく、路面電車やバスよりは大きい。中小規模の都市や新興住宅地の公共交通システムとして注目され、1981年には大阪湾岸の南港ポートタウンやポートアイランドへのアクセス路線として導入された。
AGT路線は国や自治体の補助によって建設費が賄われ、運営は自治体が出資する第三セクターが行っているケースが多い。しかし、ユーカリが丘線は純民間企業の山万が建設、運営する路線で国や自治体の補助を受けていない。そのためか、ほかのAGT路線に比べ、低コスト化が図られている。
基本システムは、日本車輌製造(日本車両)が開発したAGTの「VONA」(ボナ)を採用。1972年3月、現在のユーカリが丘から西へ約15kmのところにあった遊園地「谷津遊園」の遊戯施設として導入されていたものだ。
AGT路線の多くは、通路の側面に車両を誘導するための案内レールを設ける方式(側方案内式)を採用しているが、ボナは通路床面の中央に案内レールを設けている(中央案内式)。側方案内式に比べ専用通路の幅を狭くし、車体を小型化することができるという利点がある。
また、AGTは運転士が乗務しないタイプの自動運転に対応可能だが、ユーカリが丘線では運転士が操作する手動運転を採用。想定される輸送人員から、高価な自動運転装置を採用するより低コストと判断されたのだろう。
AGTは特殊な鉄道システムだが、ユーカリが丘線で採用されたボナは、AGTのなかでもさらに特殊なシステムといえる。ボナと同じ方式を採用した営業路線は、ユーカリが丘線を除くと桃花台線(ピーチライナー、愛知県)だけ。しかもピーチライナーは2006年に廃止されており、現在はユーカリが丘線が唯一の導入路線となっている。
「新交通」だけどローカル線、そして「非冷房」
全体の距離はわずか4.1kmだが、ユーカリが丘駅からニュータウン各地区を周回してユーカリが丘駅に戻る、珍しいラケット状の線形になっている。列車の運行形態も珍しく、ユーカリが丘駅から「ラケット」の部分を反時計回りで周回し、再びユーカリが丘駅に戻る経路。時計回りの列車は原則として運転されていない。
専用通路は全線単線で、路盤は原則として高架。地形に応じて堀割やトンネルの部分もある。沿線は当然ながら住宅地だが、「ラケット」の内側は開発の手が入っておらず、雑木林や田んぼが広がっている。田園風景のなかを小柄な車両が走り抜けていく姿は、新交通システムというよりはローカル線の風情を漂わせている。
線内の駅は、京成本線と接続しているユーカリが丘駅のほか、地区センター・公園・女子大・中学校・井野の5駅。磁気式の切符に対応した自動改札機はあるが、ICカードには対応しておらず、いまとなってはレトロ感を覚えるほどだ。
駅名は井野駅を除き地名を使っておらず、ユニークさのかけらもない。逆にそのことが、地名を付けることが多い鉄道駅名のなかではユニークな存在になっている。ちなみに、女子大駅の近くには女子大がない。和洋女子大学を同駅近くに移転するという話もあったが実現しておらず、開業から15年後の1997年に同大学のセミナーハウスが設けられた。
実は2008年、山万はユーカリが丘線の開業25周年にあわせ、駅名を一般からの公募により改称しようと計画したことがある。ところが改称に反対の意見が多数寄せられ、改称は中止に。「ユニークではないことがユニーク」な駅名は、そのまま維持された。
ユーカリが丘線を走っている車両もユニークだ。1000形電車が開業時の1982~1983年に9両(3両編成3本)導入され、40年近く過ぎたいまも使われている。標準的な鉄道車両より小さく、丸みを帯びた車体は愛きょうがある。ユーカリの新芽を餌にしているコアラにちなみ、「こあら号」という愛称が付けられている。
「こあら号」が導入された当時、冷房装置を搭載した通勤電車は比較的珍しく、「こあら号」も冷房装置を搭載しなかった。その後、鉄道車両の冷房化が進んだが、小型の「こあら号」はその構造上、あとから冷房装置を搭載するのが難しく、いまも全車両が「非冷房車」のままだ。
夏には車内の温度が30度を超えることも珍しくない。「#山万20時間耐久」が話題になったのも、この暑い時期に20時間も非冷房車に乗り続けるという企画だったことが大きかったのだろう。
ちなみに、山万はユーカリが丘駅のホームに冷房付きの待合室を設置。夏季には車内で冷たいおしぼりを配布している。近年は珍しくなった非冷房車を体験しようと、わざわざ夏の暑い時期にユーカリが丘線を訪ねる鉄道マニアが増えているらしい。
経営的にもローカル線だが…
経営面でも、ユーカリが丘線はローカル線の様相を呈している。運輸省地域交通局監修『数字でみる民鉄』や国土交通省鉄道局監修『数字でみる鉄道』、国土交通省ウェブサイトの統計資料によると、ユーカリが丘線の輸送人員は開業時の1982年度で約6万3000人。1日の平均通過人員(旅客輸送密度)は654人だった。
この時代の国鉄線は、旅客輸送密度が4000人未満のローカル線を原則廃止する方向で、バス転換や第三セクターなどへの経営移管が進められていた。仮にユーカリが丘線が国鉄線だったら、確実に廃止対象になっていただろう。
その後、ユーカリが丘の入居者が増えるとともに、ユーカリが丘線の利用者も徐々に増加。旅客輸送密度は2001年度に初めて1000人を超え、2017年度は1183人だったが、それでも中小私鉄や第三セクターが経営する各地のローカル線と同じレベルだ。
山万の経営も鉄道だけに限れば赤字で、2017年度は鉄道事業の営業収益が約2億6170万円だったのに対し、営業費は約3億3288万円。差し引き約7118万円の赤字だった。
しかし、山万はユーカリが丘線の廃止方針を打ち出してはいない。同社の本業である不動産業の営業損益(2017年度)は10億559万円の黒字で、比較的容易に鉄道の赤字を埋めることができる。そもそも、ユーカリが丘線は交通の利便性を高めることでユーカリが丘の入居者増加、つまり不動産業の収入を増やしているのだから、鉄道の赤字は必要経費と考えればいいのだろう。
いずれ老朽化した施設や車両の更新が重要な課題として浮上することになりそうだが、当面は現状維持のまま推移するとみられる。
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