広島市の玄関口として発展した広島駅。現在は南口の駅ビルを建て替える大規模な改良工事が進行中だが、同時に広島電鉄の新線「駅前大橋ルート」の工事も進んでいる。道路上を走る路面電車が高架橋で駅ビルに乗り入れるという、ユニークな新線だ。
駅ビルと駅前大橋ルートの開業は来年2025年春の予定。開業まで残り1年ほどとなった今年2024年3月9日、私は工事が進む駅前大橋ルートに沿って歩いてみた。
「低い橋脚」姿を現す
駅前大橋ルートの区間は広島駅から比治山町交差点まで1.1km。起点の広島駅停留場は新しい駅ビルの2階に設けられる。ここから高架橋と盛土で駅前通りを南下し、下り勾配で地上に下りる。駅前大橋の南詰から先は道路の中央部に軌道を敷設。稲荷町停留場がある稲荷町交差点で本線(1・2・6号線)と交差し、終点の比治山町交差点で皆実線(5号線)に合流する。
広島駅で山陽本線の列車を降りて南口へ。路面電車が矢継ぎ早に発車している現在の広島駅停留場の脇から工事中の新しい駅ビルのほうを見ると、2階の部分に人口地盤が見える。そして、駅前交差点の手前の工事スペースには幅の広い橋脚が姿を見せていた。この上に載るはずの高架軌道桁はまだ姿が見えない。
橋脚はかなり低く、下を通れば圧迫感を覚えるだろう。もう少し高くできなかったのかと思うが、あまり高くすると地上に下りる部分の勾配を急にする必要があるから、やむを得ないところか。
新しい広島駅停留場は4線分の乗り場が設けられる。駅前交差点南側の高架上には両渡りの渡り線が設置される計画だ。
軌道スペースに「謎の渡り線」
駅前交差点の先から駅前大橋の北詰までは道路の中央部に盛土を整備し、駅前大橋の部分も道路中央部に橋梁を設ける計画。軌道のスペースは鉄板に囲まれていて盛土や橋桁はまだ見えないが、橋台が鉄板の上に飛び出ていた。
駅前大橋南詰交差点からは道路中央部に軌道を敷設する。整地が完了したようで、レールの敷設が始まっていた。軌道スペースの脇には車線と軌道敷を分ける縁石の姿も見える。
駅前大橋南詰交差点と稲荷町交差点のほぼ中間には、片渡りの渡り線が設置されていた。新しい広島駅停留場の先にも両渡りの渡り線が設置される計画だから、ここに渡り線を設置する必要はないはずだ。
ここはトラブルの発生などで路面電車が新しい広島駅停留場に入れない場合の折り返し地点。広島港方面や紙屋町方面からやってきた電車が稲荷町交差点から広島駅方面へ少し進み、渡り線で反対側の軌道に移って折り返すわけだ。
渡り線がある部分は緩やかなカーブになっているが、日本には緩やかなカーブに対応した分岐レールがないため、車輪が外れにくいドイツ製の溝形レールを導入して渡り線を整備。レールの溶接も広島電鉄では採用していなかったゴールドサミット溶接で行われたという。
広島電鉄初の「ダイヤモンド」
稲荷町交差点には十字クロッシング(ダイヤモンドクロッシング)が設けられ、本線(1・2・6号線)と駅前大橋ルートの軌道がやや斜めに交差。駅前大橋ルートの広島駅方面と本線の紙屋町方面を結ぶ軌道も設けられる。
この交差点の前後に本線の稲荷町停留場の乗り場が2カ所に分かれて設けられているが、駅前大橋ルートの乗り場も交差点の前後2カ所に新設され、乗り場は合計4カ所になる。
交差点の中央にはダイヤモンドクロッシングが敷設済み。駅前大橋ルートと交差する本線の軌道上を路面電車が走り抜けている。駅前大橋ルート上に新設される乗り場はまだ構築されていない。
路面電車ネットワークとしては国内最大規模を誇る広島電鉄だが、同社がダイヤモンドクロッシングを敷設するのは初めて。本線・駅前大橋ルートの軌道ともに少しカーブしながら交差する形状で、敷設には非常に緻密な作業が必要になる。そのうえ交通量の多い交差点だから敷設にかけられる時間も少ない。このため別の場所でレールや軌道ブロックを仮組みして問題がないかチェックしたうえで、現地で敷設したという。
架線柱の台座も
稲荷町交差点の先は整地が終わった段階。200mほど進んだ松川町交差点で駅前通りから離れ、幅の狭い道路へと入っていく。整地が完了した段階でレールの姿は見えないが、松川町交差点の前後2カ所に新設される松川町停留場(仮称)の予定地には、乗り場の基礎らしきコンクリートが見えた。
よく見ると整地された軌道スペースの中央に四角いコンクリートの基礎があり、そこから細いゴムホースのようなものが延びている。架線柱の台座のようで、これが軌道スペースの中央にあるということはセンターポール式の架線柱を採用するようだ。
整地された軌道スペースは比治山町交差点の少し手前で途切れ、皆実線との合流部分は手つかずだった。ここから100mほど先に比治山下停留場があり、皆実線と駅前大橋ルートの実質的な接続地点になる。
新線整備でどう変わる?
広島電鉄は路面電車タイプの軽量軌道交通(LRT)が注目されるようになった1990年代以降、平和大通り線や駅前大橋ルートなど新線の整備を構想。しかしアストラムラインの広島市中心部への延伸構想とかぶることなどもあり、長いあいだ「構想止まり」だった。
2010年代に入ってJR西日本グループが運営する南口の駅ビル「ASSE」の改築や広島市による南口広場の再整備計画が具体化するなか、新しい駅ビルに路面電車を高架で乗り入れさせる案が浮上。広島市は2014年に高架乗り入れの基本方針を定めた。これにより駅前大橋ルートの事業化が決まった。
2019年11月、広島電鉄は駅前大橋ルートの軌道特許を取得。2020年10月から工事に着手した。総事業費は約155億円とされている。駅ビルの「ASSE」も2020年3月に閉館して解体され、現在は新しい駅ビルの工事が最盛期を迎えている。
駅前大橋ルートが完成すると、現在の広島駅停留場を発着している運行系統の1号線・2号線・5号線・6号線はすべて駅前大橋ルート経由に変わり、駅ビルの2階に乗り入れるようになる。
現行ルートに比べ距離が短くなるのに加え、駅前の交差点を高架橋でまたぐことから自動車交通との交錯がなくなり、広島市中心部と広島駅の乗車時間は4分ほど短縮。新しい広島駅停留場はJR広島駅の橋上改札口と同一フロアの自由通路でつながり、JR線と路面電車の乗り換え時間も1分ほど短縮されるという。
現行ルート廃止で「循環」系統を新設
一方、現行ルートの本線・広島駅~的場町~稲荷町と皆実線・的場町~比治山下は駅前大橋ルートの開業により、既存の運行系統が通らなくなる。
そのため、本線・宇品線・皆実線を経由する循環ルートの運行系統(段原一丁目~的場町~八丁堀~紙屋町東~皆実町六丁目~段原一丁目)が新設され、これにより的場町停留場と段原一丁目停留場は存続する。ただし本線の広島駅~的場町は軌道事業が廃止され、その中間にある猿猴橋町停留場も消滅する。
本線と皆実線が接続する的場町交差点(的場町停留場付近)は循環ルートを運行できる配線になっていない。このため軌道を現在の広島駅方面~皆実町六丁目方面から紙屋町方面~皆実町六丁目方面のルートに付け替えることが計画されているが、いまのところ工事が行われている様子はない。
なお、宇品線と皆実線が接続する皆実町交差点(皆実町六丁目停留場付近)は、紙屋町・的場町方面と広島港方面を結ぶ軌道に加え、紙屋町方面~的場町方面を結ぶ軌道が敷設済み。すでに循環ルートの運行に対応できる状態だ。
駅前大橋ルートの工事の進捗率は4割ほど。5~6月ごろには高架軌道桁の架設工事も行われる模様だ。全長約15kmに及ぶ完全新設のLRT「ライトライン」(宇都宮市)が昨年2023年8月に開業したばかりなせいか、いまとなってはやや地味なプロジェクトに感じてしまう。とはいえ駅ビルに路面電車が高架橋で乗り入れるのは興味深いし、利便性がどう変わるのか気になるところ。場合によっては平和大通り線など、具体化が進まないほかの新線の構想にも影響するかもしれない。
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