鉄道路線を運営している事業者の多くは法人だ。国土交通省鉄道局監修『鉄道要覧』などによると、鉄道事業者(路面電車などの軌道事業者も含む)は約230者で、このうち約190者が株式会社。残る約40者も地方公共団体や一般社団法人などで、個人の事業者はひとつもない。
法令上、個人が鉄道路線を運営することは不可能ではない。鉄道事業法・軌道法と両法に基づく省令では、個人経営が可能だと明確には記されていないが、条文は個人経営も想定した内容になっている。
たとえば、鉄道事業を経営しようとする場合は、国土交通大臣に鉄道事業許可申請書を提出しなければならないが(鉄道事業法第四条)、申請書の記載事項は次の通り定められている。
一 事業収支見積書(積算の基礎を示すこと。)
鉄道事業法施行規則(昭和六十二年運輸省令第六号)第二条
(二~十は略)
十一 個人にあつては、次に掲げる書類
イ 資産目録
ロ 戸籍抄本又は本籍の記載のある住民票の写し
ハ 履歴書
(十二・十三は略)
このように、個人が経営する場合は履歴書なども提出しなければならない。つまり個人経営は可能ということだ。
鉄道事業はいわば装置産業の一種だから、個人経営は現実には不可能に近い。ただ、戦前には個人経営の例がいくつかあった。
昭和初期に発行された鉄道省監督局調『地方鉄道軌道一覧』(鉄道同志会、1929年8月1日版)には、秋田県に「中西徳五郎経営軌道」というのがあり、大正期の1922年9月25日に開業。大田面~比井野間の0.4マイル(約644m)を結んでいると記されている。
距離が1kmにも満たず、動力は「人力」。2本のレール幅(軌間)も2尺(610mm)で、JR在来線(1067mm)よりかなり狭い。
脇野博「中西徳五郎経営二ツ井軌道について」(『あきた史記:歴史論考集. 4』秋田姓氏家系研究会、1997年9月)などによると、現在の能代市内にある奥羽本線・二ツ井駅の駅前(大田面)と、近くを流れる米代川の河岸付近(比井野、現在の羽後信用金庫二ツ井支店付近)を結んでいた貨物専用路線で、車両は手押しのトロッコだった。
距離が短い手押しトロッコだったため、個人でも十分に運営でき、そのため法人化しなかったのだろうか。なお、この軌道は1936年度で休止し、1940年には正式に廃止されている。