「TWILIGHT EXPRESS(トワイライトエクスプレス)瑞風」などのクルーズトレインとは一線を画した、JR西日本の低価格・長距離の観光列車「WEST EXPRESS(ウエストエクスプレス)銀河」。これまでに山陰コースの京都・大阪~出雲市間と山陽コースの大阪~下関間で運行されている。
きょう7月16日からは、新たに関西と紀伊半島南部を結ぶ「紀南コース」の営業運行が始まる。運行区間は京都~新宮間で、下り新宮行きは夜行、上り京都行きは昼行だ。記者は7月3日から4日にかけ、報道関係者向けの試乗会(下り新宮行き夜行)に参加。紀南コースの過ごし方や注目ポイントを探ってみた。
グリーン車と普通車で違う「電源確保」
7月3日の夜20時55分頃、「ウエストエクスプレス銀河」用に改造された117系電車のM117編成(6両)が京都駅の31番線ホームに入線。このホームを含む31~34番線は、くし状の頭端式ホームになっており、線路の終端部から紺色のM117編成がゆっくりと入ってくる様子を眺めていると、同じ頭端式ホームの上野駅にブルートレインの寝台特急が入線していた頃を思い出す。
記者に割り当てられたのは普通車指定席のリクライニングシート。記者は男性だが2号車の女性席だった。今回は試乗会ということで、とくに区別されなかったようだ。
座席を千鳥状に配していて腰掛けの生地色も異なるが、それ以外は3号車のリクライニングシートとほぼ同じ。新型コロナ対策として一人につき二人掛けの席が割り当てられたため、かなり広いスペースを独占できる。通路側の席に荷物を置き、バッグから取り出したUSBポート付きの電源タップをコンセントにつなぎ、スマートフォンの充電を始めた。
コンセントは肘掛けの側面に設置されているが、USB充電ポートはない。グリーン車にはコンセントのほかUSB充電ポートも設置されているが、普通車を利用するならUSBポート付きの電源タップや変換アダプターをあらかじめ用意しておいたほうがいいだろう。
コロナ禍で追加されたもの
「ウエストエクスプレス銀河」は21時15分、京都駅を発車。東海道本線を西へ進む。次の停車駅は新大阪駅だが、所要時間は新快速で25分のところ、「ウエストエクスプレス銀河」は55分かけて走る。実際はゆっくり走っているというより、途中駅で運転停車(営業上は通過扱いで旅客の乗り降りを行わない停車)しながら走っていた。
まずは6両全車の車内を見て回ることにした。車内は鉄道プレスネット編集部が昨年2020年1月の報道公開で取材しているが、新型コロナ対策として3号車「明星」や4号車「遊星」などのフリースペースのテーブルに透明パーティションが設置されているなど、若干の変化が見られる。
4号車「遊星」のテーブル席には将棋やチェスなどのボードゲームの盤面が刻印されており、自分で駒を持ち寄れば対戦できる。この盤面を二つに分けるようにして透明パーティションが設置されたが、下部が吹き抜けになっているから駒の移動は可能だ。
ちなみに、透明パーティションや椅子には、列車のヘッドマークを模したデザインが施されており、かつて新大阪~西鹿児島(現在の鹿児島中央)間で運転されていた寝台特急「明星」のヘッドマークもデザインされている。また昨今のコロナ禍の現状を表した「距離」「マスク」という架空の列車名のヘッドマークもデザインされており、しゃれっ気がある。
列車は22時10分、新大阪駅に到着。ここから東海道本線の貨物支線(梅田貨物線)と大阪環状線(西九条経由)を通る。梅田貨物線では大阪駅北地区(うめきた)のきれいな夜景が窓の外に広がった。ただ、同線は2年後の2023年春に地下化される予定。ここで夜景が見られるのはいまのうちだ。
和歌山ラーメンと「最後のポイント」
22時33分に天王寺駅に到着し、数分後に発車して阪和線へ。日根野駅での停車を経て23時42分、和歌山駅に到着した。ここで1時間20分ほどの長時間停車となり、夜食として中華そば(和歌山ラーメン)が提供される。といっても車内で提供されるわけではない。
客は2班に分けられ、和歌山駅の外へ。5分ほど歩くと「まる豊」というラーメン屋に着いた。豚骨しょうゆのスープに細麺というオーソドックな組み合わせで、どこか懐かしい味がした。
ラーメンを食べたあとは和歌山駅に戻るが、その途中にコンビニエンスストアがあり、清涼飲料水のペットボトルなどを買った。紀南コースの新宮行き夜行は和歌山駅から早朝の串本駅まで列車の外に出られず、車内販売もない。ここが最後の「買い物ポイント」になる。軽食類など何か必要なものがあれば、ここで買っておいたほうがよさそうだ。
日付変わって7月4日の1時に発車し、列車は紀勢本線(きのくに線)へと入っていく。すぐに車内消灯の案内が入り、客室は暗闇に包まれた。しばらくして外を眺めると、照明で照らし出された工場らしきものが見えた。
リクライニングシートは普通車指定席の扱いだが、シートピッチは1200mmと広く、寝心地は悪くない。30年ほど前、新大阪→新宮間で乗った夜行普通列車(通称「新宮夜行」)の4人掛けボックス席に比べれば、圧倒的に快適だ。いつしか眠りにつき、気づけば紀伊田辺駅に停車していた。
スマホの時刻表示を見ると2時45分。ちょっと目がさえたので気分転換したいところだが、運転停車のため外には出られない。4号車フリースペース「遊星」は客室の消灯時間中も明かりがともっていたので、しばらくここで過ごした。
本州最南端で「奇岩」と「タタキ」
4時38分頃、列車はようやく発車。窓の外は徐々に明るくなり、海も見えるようになってきた。紀伊田辺以南は単線のため、紀伊有田駅では上り紀伊田辺行き普通列車との交換のため運転停車。6時04分、本州最南端の駅として知られる串本駅に到着した。
ここで再び2時間弱の長時間停車となるが、客は2班に分かれてバスに乗り込む。きのくに線の線路に沿って2kmほど北東に進み、道の駅「くしもと橋杭岩」へ。その名の通り、国の天然記念物「橋杭岩」があり、大小の奇岩が海面からそびえ立ち、一直線に並んでいるのが見える。
案内してくれた南紀熊野ジオパークのガイドなどによると、橋杭岩には弘法大師(空海)にまつわる伝説がある。弘法大師と天邪鬼(あまのじゃく)が「一晩で沖の島まで橋を架けられるか」という賭をして、弘法大師は橋の杭まで作り終えた。このままでは賭に負けると焦った天邪鬼は、ニワトリの鳴きまねをして弘法大師に朝が来たと思い込ませ、弘法大師は作りかけの橋を放棄して立ち去った。この作りかけの橋が橋杭岩というわけで、鉄道の世界でいえば、工事が途中まで進んだところで計画が中止された、未成線の橋脚といったところだろうか。
その後、近くにある「レストラン空海」で「漁師の朝ごはん」と銘打った朝食が提供された。串本の沖で獲れるカツオを使ったタタキ丼で、濃厚なカツオの味わいが寝不足の頭をリフレッシュさせてくれた。
串本駅に戻り、列車は8時00分に発車。窓外に広がる海を見ながらリクライニングシートで一寝入りした。9時37分。JR西日本とJR東海の境界駅となる新宮駅に到着。平安衣装の女性が出迎えてくれ、改札の外では特産品の販売も行われていた。
「旅行商品扱い」当面続く
紀南コースは7月16日~12月22日の期間、下り新宮行き夜行は月・金曜(京都発)、上り京都行き昼行は日・水曜(新宮発)に運行される計画だ。ただし8月9・11・13・15・16・18日と10月4・6日は運行されない。
「ウエストエクスプレス銀河」は当初、一般の臨時特急として運行される計画だったが、新型コロナウイルスの感染拡大を考慮して日本旅行の企画による旅行商品専用の列車として運行されている。紀南コースもこの体制に変化はなく、一般の臨時列車として切符が発売されるようになるのはコロナ禍が収束してからになりそうだ。
現在、9月29日までの出発分は受付・販売を終了しており、10~12月分の応募受付を7月16日16時から開始の予定。申し込みは日本旅行の「ウエストエクスプレス銀河」予約専用サイトで受け付ける。なお、M117編成の設備上の定員は89人(夜行時)だが、新型コロナ対策として募集定員は54人に減らしている。
旅行代金は行程や宿泊ホテルによって異なる。日本旅行の9月29日出発分までの案内によると、京阪神発着~新宮で往路は「ウエストエクスプレス銀河」、復路は特急「くろしお」を利用する2泊3日(車中1泊、新宮のホテル1泊)のコースの場合、基本料金は2万6800円から。「ウエストエクスプレス銀河」のグリーン車を利用する場合、「ファーストシート」は3700円、個室は6800円が加算される。片道だけのコースは設定されなかった。
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