欧州とアジアを短絡するエジプトのスエズ運河で3月24日、コンテナ船の座礁事故が発生した。これにより運河がふさがれてしまい、他の船舶は通航できない状態に。世界経済への大きな影響が懸念されている。
スエズ運河は、南行と北行のどちらか一方の船団しか通航できない「単線」。途中、運河を2本にした「複線」と幅の広い湖で船団のすれ違いを行っている。2016年には複線区間が拡張され、通航能力が大幅に拡大した。
しかし、今回の座礁事故が発生したのは運河の南寄りにある単線の部分。複線区間で座礁したなら暫定的に単線で復旧することができるかもしれないが、現状では浚渫(しゅんせつ)作業によってコンテナ船を移動させるほかないようだ。
いまから46年ほど前の1975年春、スエズ運河を管理するエジプト運河庁の長官一行が来日した。その目的は「新幹線の運行管理技術」の調査。第3次中東戦争で破壊された施設を復旧するにあたり、新幹線の運行管理技術をスエズ運河にも採用できないか調べにきたのだ。
このとき長官一行と面会した、もと国鉄技術者の斎藤雅男(2016年死去)のエッセイ(「新幹線の技術をスエズ運河の近代化に」『鉄道ジャーナル』2010年6月号)によると、長官一行は「(運河の)運行管理技術は昔のままで、しばしば追突事故が起こっている」と、窮状を訴えたという。
斎藤は同年秋に現地調査を実施。当時は2.5kmおきに「信号所」が設けられており、昼間は国際信号旗、夜間は灯火信号によって、ふたつの信号所のあいだは船が必ず1隻だけになるよう運航を管理していた。鉄道でいえば、線路を信号によって複数の区間に区切り、一つの区間には1本の列車しか入れないようにする「閉そく」の概念だ。また、船には水先案内人が乗り込み、船の航行を指揮した。
スエズ運河では、閉そく信号機の代用として時刻を表示。もし船がスピードを出しすぎている場合、信号所の職員が船に向かって「速度を落とせ!」とマイクで怒鳴った。これを見た斎藤は、エッセイで「これでは事故が多いのも当然であるとみた」と記している。
斎藤はこれらの調査に基づき、近代化案を作成した。信号所は全廃し、跡地には電波の受信機を設置。水先案内人は電波の発信器を持って船に乗り込む。また、運河のほぼ中央に位置する都市・イスマイリアには、鉄道の運転指令所に相当する中央指令所を設けるものとした。
船に搭載された発信器の電波を感知した信号所跡地の受信機は、ケーブル回線で中央指令所に船の情報を伝達。日本の新幹線の指令所と同様の大きな表示盤に、その船の位置や管理番号が表示される。これにより船舶の情報は中央指令所で一括管理され、速度超過や事故が発生したときは、指令所から水先案内人に無線で指示命令を行うものとした。
斎藤はエッセイで「以上が新幹線を理論とした航行案であった」としている。そして「2年後に完成すると船団の運行はスムーズになり、事故もなくなった」という。