豊肥本線の試運転列車に乗ってみた あす全線再開、3段式スイッチバックも復活



カルデラ火山で知られる阿蘇エリアを貫き、熊本県と大分県を結ぶJR九州の豊肥本線。2016年4月の熊本地震で甚大な被害が発生し、熊本県内の肥後大津~阿蘇間27.3kmが長らく運休していた。

スイッチバックの立野駅で発車を待つ豊肥本線の試運転列車。【撮影:鉄道プレスネット編集部】

このほど同区間の復旧工事が完了。あす8月8日から、熊本~大分間148.0kmの全線で営業運転を再開する。鉄道プレスネット編集部は7月21日、この日から運転が始まった試運転列車に乗車。肥後大津~阿蘇間を往復した。

■スイッチバック駅も被害

13時22分、キハ40系気動車のキハ147形2両編成が、大きなエンジン音を奏でて肥後大津駅をあとにした。窓の外はしばらく民家の群れに阻まれていたが、すぐに田畑が増えてきた。線路脇の草木が生い茂っており、開放した窓から葉っぱが入り込んでくる。

試運転列車はキハ147形の2両編成。【撮影:鉄道プレスネット編集部】
試運転列車の車内。【撮影:鉄道プレスネット編集部】
田畑が広がる肥後大津~瀬田間。【撮影:鉄道プレスネット編集部】
窓を開けていたら葉っぱが入り込んでいた。【撮影:鉄道プレスネット編集部】
列車は瀬田駅をゆっくりと通過。【撮影:鉄道プレスネット編集部】

次の瀬田駅を13時29分に通過。阿蘇外輪山の切れ目に入ると地形が険しくなる。国道57号の陸橋をくぐると進行方向左側から別の線路が寄り添ってきて、立野駅には13時38分頃に到着した。立野駅は急勾配を緩和しながら登るための3段式スイッチバックがあることで有名。先ほど寄り添ってきた線路は、スイッチバックの2段目となる線路だ。

立野駅は土砂流出などの大きな被害はなかったものの、全長約120mのホームが崩れ、ホームの上屋も傾いた。ホームは全長約90mに短縮して再整備されており、ホーム床が真新しいアスファルトで舗装されているのが見える。ただ、駅舎の姿が見えない。聞けばつい最近解体されたという。

立野駅に進入。左脇から2段目のスイッチバックになる線路が寄り添ってきた。【撮影:鉄道プレスネット編集部】
再整備された立野駅の豊肥本線ホーム(復路の列車からの撮影)。【撮影:鉄道プレスネット編集部】
ホームの先に駅舎はない(復路の列車からの撮影)。【撮影:鉄道プレスネット編集部】
南阿蘇鉄道は2023年全線再開予定。【撮影:鉄道プレスネット編集部】

この駅には南阿蘇鉄道の高森線も乗り入れているが、やはり熊本地震で橋りょうが損傷するなどの大きな被害が発生し、いまも立野~中松間の10.5kmが運休中だ。全線再開は3年後の2023年の予定。これに合わせて新しい橋上駅舎が整備される計画だ。

■あちこちに残る地震の爪痕

スイッチバックで編成の進行方向が逆になるため、運転士は車内を通って反対側の運転台に移動する。13時42分頃に発車。33.6パーミルという、鉄道としては急な上り勾配を進み、次のスイッチバック地点に向かう。地震前は33.3パーミルだったが、復旧工事で勾配が変わった。

線路が山腹にへばりつくようになってくると、進行方向右上から別の線路が寄り添ってきて、スイッチバック地点に到着。線路脇の山肌は白っぽいコンクリートで固められている。地震により山腹が崩落した部分だ。レールの下に敷き詰められている砕石(バラスト)も真新しく、大がかりな復旧工事が行われたことが分かる。線路は肥後大津~阿蘇間の27.3kmのうち約10kmが敷き直されたという。

2段目と3段目のスイッチバック地点。線路は真新しく脇の山腹はコンクリートで固められた。【撮影:鉄道プレスネット編集部】
写真右が立野方面に向かう線路、左寄りは大分方面。【撮影:鉄道プレスネット編集部】

運転士が再び車内を歩いて反対側の運転台に移動し、元の向きに戻って13時44分頃に発車。眼下には先ほど通ってきた線路、続いて段状になった田畑が広がった。カメラを構えた鉄道マニアの姿も見え、列車に手を振っていた。

再びスイッチバックして阿蘇方面へ。眼下に先ほど通った線路が見える。【撮影:鉄道プレスネット編集部】
窓の外では試運転列車を撮影していた鉄道マニアが手を振っていた。【撮影:鉄道プレスネット編集部】
土砂崩落して修復された山肌が見える。【撮影:鉄道プレスネット編集部】

列車は豊肥本線で最も被害の大きかった地点へと入っていく。窓の外に見える山肌は、土砂崩落で木々がはげ落ちた部分がところどころにあり、格子状のコンクリートで固められたのが見える。修復されているとはいえ、地震の爪痕はあちこちに残っている。

■一時はルート変更も検討

外輪山と阿蘇中岳に挟まれた渓谷へ入っていくと、工事中の道路橋、阿蘇大橋の姿が見えてきた。地震前の阿蘇大橋とは位置が異なり、元の場所から600mほど離れている。

工事中の阿蘇大橋。【撮影:鉄道プレスネット編集部】

列車はゆるやかなカーブを描いて、かつて阿蘇大橋があった場所へ。上路アーチだった元の阿蘇大橋の姿はなく、反対側の窓からは木々が完全に消失した山肌が見えた。

ここは地震動の影響で、線路東側にあった阿蘇大橋の橋脚を支える地盤がずれ、同橋が崩落。さらに線路西側の山肌も約50万立方mの土砂が長さ約700m、幅約200mに渡って崩落し、豊肥本線と国道57号、阿蘇大橋を飲み込んだ。

50万立方mの土砂が崩落した山肌。【撮影:鉄道プレスネット編集部】

被害の規模が大きかったことから、国道57号は北側にルートを大きく変えて復旧することに。豊肥本線も一時はルートを変更することが検討されたが、安全性や経済性を勘案した結果、地震前と同じルートで復旧することになったという。もし別ルートでの復旧が採用されていたら、立野駅の3段式スイッチバックや、渓谷の景色も見られなくなっていたのだろうか。

短いトンネルを抜け、黒川という細めの川を渡ってしばらくすると、もう阿蘇山のカルデラ内。線路周辺の地形も平たんになり、赤水駅の手前あたりから窓外に田畑が広がるようになった。

内牧駅を通過。【撮影:鉄道プレスネット編集部】
赤水駅のあたりからは田畑が広がる。【撮影:鉄道プレスネット編集部】
阿蘇駅には1時間弱で到着した。【撮影:鉄道プレスネット】

市ノ川、内牧と駅をゆっくりと通り過ぎて14時19分頃、阿蘇駅に到着。27.3kmを1時間弱で走り抜いた。

■地震前から厳しい経営環境

JR九州はきょう8月7日をもって、肥後大津~阿蘇~宮地間の代行バスの運転を終了。あす8月8日から肥後大津~阿蘇間の運転を再開し、豊肥本線は全線が復旧する。肥後大津~阿蘇間で普通列車の運転が始まるほか、熊本~宮地間の特急「あそ」、熊本~別府間の特急「九州横断特急」「あそぼーい!」も運転を開始する。

国土交通省やJR九州の公表資料によると、豊肥本線の1日1km平均通過人員(旅客輸送密度)は、JR九州発足時の1987年度が2963人だったのに対し、地震前の2015年度は3483人で、大幅に増えている。ただしこれは、熊本~肥後大津間が熊本都市圏の通勤路線として発展し、利用者が大幅に増えたため。肥後大津以東は地震前から利用者が少なく、厳しい状況が続いていた。

JR九州は豊肥本線の全線再開にあわせ、「スイッチオン!豊肥本線全線開通プロジェクト」というキャンペーンを開始。期間限定の豊肥本線フリー切符の発売や、阿蘇・竹田エリアでの周遊バスの運行、通常はクルーズトレイン「ななつ星 in 九州」の乗客のみ利用できる阿蘇駅ホームのレストラン「火星」の特別営業などが企画されている。

試運転列車の車内にあった中づりポスター。【撮影:鉄道プレスネット編集部】

新型コロナウイルスの影響で公共交通の利用者が全体的に減少しているなか、豊肥本線の利用者数をどこまで回復できるか注目される。